がんはDNAの病気


発がん物質と突然変異

がん細胞が突然変異によって正常細胞より生ずるという説が、1914年、ドイツのヴュルツブルグの動物学者ボヴェリにより、また1924年にはハイデルベルグの外科医.ハウアーによって提唱されている。

それとは別に十九陛紀末にドイツの病理学者ウイルヒョウは、刺激によりがんが発生する刺激説を提唱した。

また山極勝三郎は、刺激のモデルとして一三七羽のウサギの耳にコールタールを繰り返し塗り、 一年たらずで世界ではじめて実験動物に浸潤性のがんを作ることに成功して、その成果を1915年に発表した。続いて1920年、イギリスのケンナウェイはコールタール中に芳香族炭化水素の 種であるベンツアントラセンという化合物があることをつきとめ、これをもとにジベンツアントラセンを合成し、それに発がん性があることを明らかにした。

これは単一物質でがんが起二るという最初の報告であった。

一方、東京にある佐々木研究所の佐々木隆興、吉田冨三は、アゾ色素の一種、 アミノアゾトルエンをラットの餌に混ぜて食べさせると、肝がんができる二とを1925年に発見した。

これは人工的に内臓にがんを作った最初の実験であった。この発見が大阪大学の木良順のシメチルアミノア′ゾベンゼンおよび米国のJA・ミラーのメチル‐ンメチルアミノアゾベンゼンの肝がん発生の研究へと導いた。

ところが、発がん性の芳香族炭化水素もアゾ色素もDNAに傷をつけるということは長い間知られなかった。

したがって、突然変異説も刺激説もがんの原因を説明できるものとしては理解されなかったのである。

その後、 1940年代にエジンバラ大学のアウェルバッハがナイトロジェンマスタードで突然変異が起こることを発見して、「化学物質による突然変異誘発一という概念をはじめてうち出した。 1949年には発がん物質であるエチルカルバメート(ゥレタン)に変異原性があることが発見されている。

この頃になって、たまたま41トロキノリンーオキンドZDOによるがんの化学療法の研究をしていた日本の癌研究所のグループは、この物質に発がん性のあることを発見し、 1927年に報告している。

幸いなことに、この物質は突然変異を誘発することが知られていた。

しかし、 一九六0年代にはまだ突然変異を起こす物質(変異原物質)と発がん物質がどういう関係にあるかよくわからなかった。

だが、後にメチルトロルートロツグアニジンという物質が大腸菌に強い変異原性を誘発することが報告された。

この水溶液をラットの皮下に注射すると一年後に肉腫ができ、飲料水に溶かしてラットに投ヶしたら胃がんができた。

これはDNAを構成する塩基にメチル化を起こすほか、蛋白にもメチル化およびニトロアミジノ化の修飾をする。

こうして発がん物質は変異原物質であり、変異原物質は発がん物質であるらしいことがわかってくると、この問題は世界を騒然とさせた。

たとえば、いろいろな食品添加物などに使われていた化合物は、これまで長期動物発がん実験のみによりその安全性が確かめられて使用されていたのである。

それがバクテリアに対する突然変異原性を調べるだけで、短期間に簡単に発がん性を予測できるょうになったからである。

1970年代には日本で食品添加物として使われていた。

染色体異常を誘発することが発見された。ひきつづき大腸菌に対する強い変異原性も発見された。

すぐに使用を中止すべきかが問題になった。やがてマウスに対する発がん性も証明され、食品添加物としての使用は禁止された。